朝のチャペルが終わった後、一人の女の子は席から動こうとしません。教室は、2階なのに。私は、一番後ろに座っていたので、彼女が見えました。マラの隣に座って聞いてみました。6年生のインド人です。
私はいちばんうしろに座っていた
「どうしたの。」
「いもうとビナのことが、とても心配なの。」
「ビナのことが?」
「ビナは、まだイエス様を信じていない。」と涙ながら言っています。「今、死んでしまったら...わたし、どうしていいか、わからない。」
チャペルのメッセージは、死は確か、人は一日でも早くイエス様を信じなければならないと、いうものだったのです。
その前日、ビナは急に重い病気になって入院し、酸素呼吸装置が必要になるほど悪くなっていたのです。
中高女子は、私が教室に上がって来ないことに気が付き、チャペル室に来ました。その話を聞いて、ビナが元気になるように。福音をもう一度聞いて、イエス様を信じることができるようにと、私たちはそこで祈りました。
神様の働きを、人間はフルに期待することができるでしょうか。
ビナは酸素呼吸装置が必要なくなるだけでなく、退院できただけでなく、学校に帰ってこられるほど、元気になったのです!
ある休み時間のとき、2階教室入り口の階段の所で、ビナに聞きました。
「ねえ、ビナ今日死んだら、絶対に天国に行けると、思う?」
「...」
「返事がないのは、もしかしたら、はっきりわからないから?」
「うん。」
「じゃ、そのことをよーく考えててね。明日またきくから。」(ある人は、こんなこと危険だと言います。その晩死んだらどうする、と。それは考えられません。ただ、この時は、このように導かれたのです。ときには、聖霊の働きは、理性に反することをします。
いもうとビナとおねえちゃんマラ
翌日また会いました。「ビナ、昨日の話、覚えてる?」
「うん。」
「それで、答えはあるかな。ビナが今日死んだら、どこに行くか、わかる?」
「わからない。」
「それ教えてあげてもいいけど、聞いてくれる?」
「うん。」
救いの道を初めから終わりまで説明し、ビナは全部を理解し、信じました。
「ビナ、今イエス様を信じない?」
「うん。」
「そこで2人は頭をさげて、ビナはすなおにイエス様を救い主として受け入れました。心が全く準備されていたのです。確信の御言葉も少し読み、2階に上がりました。ビナの救いのことを聞くと、お姉さんのマラは大喜び。ビナのために祈っていた中高女子も嬉しくなって、学校の教師も主の働きを感謝せずにはいられなかったと思います。
その後、数回ビナは私の所に来て、大きな目で私の方を見て、「わたし、クリスチャンになれて、本当にうれしい。」と言ってくれました。ビナ、私もよ。私もとってもうれしい。
やっぱりビナの健康のために、湿度の低いインドに家族は行くことになって、次の年からいなくなりました。
酸素呼吸装置が必要だった時に、ビナの肉体命を守ってくたように、神様、今度は異教の国でも霊的守りをビナとマラに与えて下さい。
そう、そう、もう一人の妹「ギータ」という幼稚園児もいたの。彼女もいつかイエス様を信じるように働いてください!
ギータちゃん