私たちの様に沖縄の人のための教会に行っていたのは、ワーラ先生の子供3人。(ワーラ先生たちは離島のための船伝道で、小さな石垣島に住んでいました。そこには英語の教会は一つもありませんでした。)日本語集会に慣れていたこの3人は、沖縄本島に来たとき、学校の友だちと一緒に英語教会に行くより、私たちのと一緒に来てくれました。でも、私たちは、やはり英語の方が自由に話せたので、多くの祈り会は別の部屋で英語で祈りました。日本語がもっとできるようになってくると、一緒に日本語で祈るようにしました。
このように、他の宣教師の子供より、ワーラ先生たちの子供と親しくなりました。私は、ブライアン勇君と遊ぶのが好きだったので、私のことを、こう呼ぶようになっていたそうです:「ジューン」じゃなくて、「男の子のおもちゃで遊ぶことが好き女の子」(日本語で言うと長くなっちゃう!)
ワーラ先生の子供たちと、どういう遊びをしたと思う?世界のどこに行っても、こんなの聞かないと思う!共産党国のクリスチャン!それも、秘密教会のことではなくて、捕虜収容所の囚人のこと。神はいない、信仰をすてろと、看護員に言われ、拷問を受ける。弱いクリスチャン、あきらめるクリスチャンがいつもいて、敵の側をとる。最後まで忠実なクリスチャンも、いつもいる。何となく現実的だと思わない?
もちろん、実際拷問に合わせたこと等、しませんでした。拷問室にいれるとか。でも、まだ覚えています。そのときから、どんなひどい目に会っても、神様に忠実でいなければならないということをはっきり理解していたと、いうことが。
あまり大きな声で言えないけれど...でもこれ、遊びだけだから...
いちばん意地悪な、共産党員役は、自分だったの!
4年生の時の教師の影響を通して、こういう遊びをするようになったのでしょう。ジェラード先生は、とても明るい、面白い先生でしたけれど、共産党に関しては、とても真剣に話す人でした。
ただの正統的団体ではない、共産党の根本的哲学協議は、神はいないということなので、クリスチャンは、このグループにはいることは、絶対できないと、言っていました。この結果、私は共産党の哲学を憎むことをキリストを愛することと、あたまの中で一緒に考えるようになりました。同時に両方を愛することが出来ないと。
子供を教える者の影響力と責任は、大きいものです。ジェラード先生の影響を感謝しています。
悪と戦うだけでなく、クリスチャンは悲しいことに、互いに戦うことがあります。私は子供のときから争いは大嫌いでした。
「けんかだ。けんかだ。やれ。やれ。」という音を聞くと、私は行って、喧嘩をやめさせようとしていました。心がとても痛くなったのです。周りのクリスチャンまでも、けんかが見たかったことは、私に理解できませんでした。
何よりも嫌いだったのは、弱い者いじめ。そういうことを見ると、私は怒るほどいやな気持ちになったのです。自分が悪口を言っている方をにらみつけると、相手は私の方を見て、「ジューン、なんでそんなに怒ってるの。」と言って、反対を歩いて行くのです。友だちがどんなに好きでも、その人が誰かをいじめ始めたら、それは我慢できませんでした。