ボブジョーンズの最初のルームメイトのアドバイスで十分休むことを学んだはずでしたけれど、やはり2年も少しづつ、そのことを忘れて、やり過ぎて、夏まで、とても疲れていました。笑顔するのが難しくなって、ほとんどのことを無理してしていました。夏休みまであと数カ月、あと数週間、その時まで、なんとか我慢しようと、思い、周りの人に自分の疲れのことは何も言いませんでした。周りの生徒も、みんな疲れている。彼らの重荷になってはいけないと、思っていました。
学校の一年が終ると、その疲れがどっと出ました。(学生がほとんど皆家に帰って、寮に残っていたのが数人だけのとき。)私がダラダラしているのを見て、ジャニスは少しイライラして私の態度を怒りました。その時、私は自分の疲れのことを、爆発するように、話して、部屋をとび出ました。
女子トイレに行き、一人で泣いていました。体はあたまについて行けない。自分の気持ちをコントロールできない。他の人とコミュニケーションできない。ジョイスは昨年とても疲れたので、私の反応を見て、すぐ分かったみたいです。同じことだって。ジャニスに少し説明して、私の所に来ました。気持ちが分かる、疲れを表しても大丈夫と、言ってくれたので、私はちょっとしたら落ちついてジョイスと一緒に部屋に戻りました。ジャニス、分からなかったのに、どなってビックリさせたりして、ごめんね。
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大学2年のあとの夏、私がテネシー州の宝石会社のクリスチャン社長の家に行くことになりました。奥さんが助けが必要だけど、教会で相談された、ジューン、来てもらえませんかと電話でお願いされて引き受けました。電話は自分が沖縄で卒業した学校のぺディー校長先生の奥さんからでした。あとで分かったことは、その電話中、社長の奥さんがすぐ側にいたため、肝心なことは、言えなかったということです。
Peach社長と夫人、 Angie,JamesLee,Bubba
長い話を短くします。数年前、奥さんはひどい神経衰弱のため、入院し、しばらく、子供達は祖父祖母・親戚にたらいまわしにされた。いまはお母さんが、ある程度安定してきたので、家に帰ってきて、子供たちも戻っているが、家のことは一人では無理、誰か手伝ってもらいたいということでした。長男JamesLeeは8歳、次男Vincentは5歳、双子の長女Angelaは5歳。
疲れていた私が、大変な状態に行き他の人を助けることは、考えられません。子供が、ほとんどしつけられていない、お母さんは時々自分が分からなくなると言われていたら、簡単に仕事を引き受けていなかったでしょう。これも神様の不思議な計画のなかにあったと思います。
長男と女の子の救いははっきりしていましたが、下の男の子は、同じぐらいはっきり救われていませんでした。ご両親はクリスチャンでしたけれど、物質的な考えが生活に見られました。お父さんは、ほとんど家にいません。でも、毎日曜と水曜近くの聖書的バプテスト教会に行っていました。
私はピーチファミリーと一緒に教会に行ったりして、一週間、教会のNeighborhood Bible Timeという子供伝道で教え、5年生の子2人を導くことが出来ました。合同集会の時は、難しい5~6人の黒人女の子達と一緒に座り仲良くなれましたが、その後、彼女たちは教会につながりませんでした。
その夏に「ハドソン・テーラーの障害と秘訣」(現在舟喜信に訳されている)を読み、同じ霊的ちからを自分のものにしたいと、強く感じ、それが自分のものでないと欲求不満で、読んでいた本を部屋の反対側に投げつけたのを覚えています。
その夏のことを言葉で説明しようとするより、見せる方が早いかも・・・
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「何、これ?」Venetiaはギャラージの壁から突き出ている小さな古い棒みたいなものをパチパチいじってみた。ん?何か小さなゴーっとした音が聞こえた?気のせい?
どうやって分かったのか、覚えていない。あのレバー・スイッチは、玄関先の歩道下のモーターに繋がっていた。寒い冬は、車庫からスイッチを入れると、ヒーターはセメントの上の氷を溶かして、車から家に安全な道を平いてくれるものだった。
そう、それ以外:
・毛皮かけ定温室があった(ドアを開けると明かりが着く)。
・庭には人口池・川・滝。どうやってwater mocassinという毒蛇が入ったのか分からないけど、そこに数匹泳いでいた。お父さんは怒って銃で撃ち殺した。
・冷房された操縦部屋付きトラクター車は、毎月数時間レンタル使用されていた。
・セントラル掃除機、使用時、ホースを必要部屋の「コンセント」に差し込むだけ。
・子供たちが自由に使えるパーソナルサウナ室が1階にあった!
他にも色々あったけれど、この最後のものは、何と言っても不思議だった。子供はプールを喜ぶはずだけれど、サウナにびっくりした。3人低学年の小学生の子供が、水着姿で汗をかいて喜ぶのを初めて見た。「プールが欲しい」という言葉は、その夏、あの子供たちから、一度もきかなかった。何かながい話しがあるんじゃないかな・・・
ピーチファミリー,1978年
ある日、運転しながら、急に具合が悪くなり始めました。最初は冷たい光が目に現れて、そしてとても眠そうに神経が鈍くなって、それと同時に何か追われているように、早く運転し始めました。
「Venetia?」(彼女の名前。)
子供は何も言いません。この様なことを、何回も見たことがあったのでしょう。私だけは、パニックしてはいけないと、思いました。家に着くまで守られることを祈るしかありませんでした。Venetiaは頭をコックリコックリしながら車を曲がりくねった道を走らせます。
無事家に着いたことは感謝でした。でも、Venetiaは、催眠術に掛かったみたいに、何が何だか、さっぱり分かりません。
「James,Angela,Vincent,(子供の名前)下に行って遊んでいなさい。私がいいと言うまで上に上がって来ては行けません。」
子供達を遊び部屋に送って、フラフラしているお母さんをベッドに連れて行きました。子供に話すように、ゆっくり眠るように言いました。目を閉じて、ぐっすり眠ったと見えると、下に行って子供たちを呼びました。
「上がって来ていいですよ。」
子供はお母さんにのことを聞かなかったし、お母さんもその日のことを話しませんでしった。
その夏は...色々ありました。息苦しい雰囲気だったので、手紙をいっぱい書いたり、聖句暗記をいっぱいしたりして、自分の精神的・霊的健康を守ろうとしました。お母さんと子供と仲良くなれて、下の男の子は、私が学校に帰る3日前、イエス様を信じました。
本当に色々あったの。ある日、アイロンがけしている私の所に、8歳の長男が来て、「ジューン、これ、かわいそうでしょう。病気みたい。」と肘から指の先までの長さのヒキガエルを、両手で後ろ足を握って持ってきました。
(!落ちついたふりをした。)「ジェームズリー(名前)から逃げようとしなかったの?」
「そう、逃げなかった。」(私のところに持ってくる。)
「じゃあ、やっぱり病気ね。かわいそう。元気になれるよう戻してきたら。」(私はアイロンし続けた。)
「ホントにそうした方がいいと思う?」(もっと高く上げて見せている。)
「だって、かわいそうでしょう。」(見るふりはするけれど、それだけ。アイロンから手を離すもんですか!)
長男とコミュニケーションが開けたのは、この日からだったような気がします。アイロンがけは、別に好きではなかったのですが、ヒキガエルを診てもらえないかとJamesLeeがお願いしそうに見えた時、自分が急にアイロンがけをがしたくなったことを、覚えています。
健康が守られて、本当に感謝です。いちばん困ったのは、頭痛です。午前中から頭が痛くなって、仕事が全部終わった時、私はアスピリンを飲んで横になったりしていました。夕食の支度まで休んでいいと言われていたのですけれど、そのように数時間よこになっていても、頭痛はよくならないで、少しも休むことができませんでした。こういうことは、夏の仕事が終る2週間前に始まりました。
大学の勉強に戻ることは少し考え直してみた方がいいんじゃないかと、奥さんに勧められました。