いまの洗濯機は乾燥機付きだから、洗濯ものを全部カゴでもちだして干しで乾かしたりする人は少ないと思う。私が高校のときは、ほとんどみんなしていた。多分母の一番心に残ることばを聞いたのはそのときだと思う。
自分が宣教師に導かれている、一生を主にささげたと、母に話したときだった。マミーは持っているものをカゴに戻し、少し間をおいて私の目を見てゆっくり言った:
「ジューン、失望が嫌なら、心が痛めつけられるのが嫌なら、涙を流すのが嫌なら、宣教師はやめた方がいいと思う。」マミー、何言ってるのと、思った。だけど、続けた:
「宣教師になるのはやめた方がいい」?!
「だけど、何より大きな喜びを知りたいなら、他には得ることができない本当の満足を味わいたいなら、『これこそ神様が働いてくれた』と言いたいなら、ジューン、宣教師になりなさい。宣教師になりなさい。」
洗濯機の中の服はグルグル・ビュンビュン・びしょびしょ・ごしごし・で大変、それが終っても、こんどは乾くまで吊るしあげられる!だけど汚れ・ダニからキレイになった服は新しく買ってきた服のように気持ちよく着ることができるのね。
* * *
ジャニスは3人兄弟で体が一番小さいけれど、結構気が強い面があるの。小学高学年の時は、ジョーキャロルという友だちと一緒になると、必ずと言えるほど、2人は何かの問題を起こしていたの。
一年年下の妹、クレージーモンキー
ひとつ覚えている話は校長室に送られたあとのこと。2人は6年の教室に帰ってきたけど、閉まったドアにカギが掛かっていた。
「あけて!あけて!」と、ドアをたたいたり蹴ったりしたんだって。校長室に送られても、全然反省していなかった。もっと詳しくきくと、2人は、教室に戻る前、体育館でボールを見つけて、バスケットシュートしたんだって。(これ、2人6年の女の子!信じられる?)
「おまえたち、かえって来るな!」と、教師に言われたそう。
ジャニスとジョーキャロルは、それで困るどころか、どうやって昇ったのか分からないけれど、廊下の上の方にある窓(空気を入れるため)から、教室の中にいる生徒たちに変な顔で笑わせたりして、教師をさらに困らせたみたい。
父は学校まで行ってジョーキャロルに話した見たい、ジャニスと遊ばないで欲しいと。別々では2人はいい子だけど、一緒だといつも問題になる。ジャニスは、スゴク恥ずかしかったみたい。だけど、時間がかかったけれど、ダディーが自分に嫌われるほど愛しているということが分かって来たって言っていた。
だって、ジャニスが中学生になった時、全くおとなしくなったの。ジョーキャロルがいなくなったのが大きな原因だったんじゃないかな。ダディーを通しての神様の守りだったと思う。そのままだったら、あのふたり、自爆してたかもしれない。
とにかく・・・自分が中学生学生会副会長の時に、ボーリングパーティで喧嘩が起きて、初めてクリスチャンスクールの活動でちょっとしたケガがあった(鼻血ぐらい;病院処置は要らなかった)。ケガをした子の親の家に、父は自分をすぐ連れて行ってくれて、本当に申し訳ありませんと学生会から謝った。学生会責任者のBlackstone先生は監督ミスでしたと校長に頭を下げた、これから中学生の学生会はなくなることになった。
一年間中学学生会なしのあと、自分ともう一人の学生会役員(当時の会長)は、校長に話しに行って、頭を下げて、自分たちの不注意で事態が悪化してしまって、ブラックストーン先生のせいではない、これからの中学生たちに全く声がないのは、可哀そう過ぎる、なんとかなりませんかと、言いに行った。
中2までこうなっていた!
それで、生徒たちが自由に選ぶのではなく教師たちが選べるんだったら、これからも「学生会」というものがあってもいいでしょうと、いうことになりました。私たち3年生は「きつく」叱られて、次年度の中学1-2年学生会役員達は、尊敬されている男性生徒クリフが会長・ジャニスが副会長・校長の娘アニーが書記会計と教師たちにより、決まりました。
そう。その時まで、ジャニスは、あの大変な生徒から相当変わったの。中2まで、教師たちに、校長にまで信頼されていたの。あのとんでもない、6年生の時のクレージー・モンキーが!
私が高3のとき、気が付くとジャニスは高2で、中学校だけでなく、私たちの小さな学校の全体学生会会長になっていました。
学校活動の中に中高男子が。ある問題で他の生徒たちを困らせていました。私たち注意をかけようとしても、「いいじゃないか」ていどの反応で、聞こうとしません。学生数人は困っているのですけれど、何か言ったら嫌がれると、思い何もしませんでした。このまま放って置くことはできないと、ジャニスは思いました。でも、みんなの前で教師に言って、みんねの前で叱られたら、2人は、かわいそう。
学校が終って学生自治会の副長と書記・会計(私)を呼び、教師(学校の指導者となっていた人)と集まってこのことを相談しようということだったのです。みんなの前で話すより、個人的に話したいけれど、聞こうとしてくれない。学生同士の調和のために何かしなければならない。どうすれば良いでしょうと、ジャニスは先生に聞きました。
先生は翌日2人に話してくれました。みんなの前で叱るより一人一人個人的に話してくれました。2人は先生に謝って行動は変えましたけれど、他の学生には「じゃ偽は、会長だからって、オレたちのことを先生に勝手にチクったりした。でしゃばってるよ、あんなの。」と言い回していました。
ジャニスのそのときの反応を、よく覚えています。その話が耳に入ると、自分の机に行き、何も言わないで紙一枚取り出し、、それを半分に折って、また半分に折って、それもまた半分に...そして、その紙をちぎり始めたのです。
「ジャニス、大丈夫?」机のそばに行ったとき、ジャニスの目から涙が流れているのに気がつきました。強がりやのジャニスの目から。
「みんなのために、それに、RodneyとJimのことを考えてあげようと思ったら、こんなことになっちゃった...。」
小1の骨折時、ジャニスはギブスの型を取る時、涙を流したと聞いたけれど、それっきり、ジャニスはなくことはなかったのです。私は心配しました。
高2のジャニス、 中学生Rodney
「でも、大丈夫。ほんと。」と、言っています。「ただ、今、泣かなければならないだけ。少しだけこうしたら気持ちが落ちつくから。」そして、心配している私を安心させるために:「そっとしておいてちょうだい。心配してくれて、ありがとう。」
涙は流しているのですけれど、その答え方はとても冷静。本当に大丈夫みたい。
「じゃ、行くからね。本当に大丈夫?」
「うん。だいじょうぶ。」
教室をでて2人をさがし、一人が見つかったら(昼時間だった)、きつい声で呼びました「Rodney Blalock(フルネーム)ここに来なさい。」
普段おとなしい私がその様に話すのにビックリしてすぐ来ました。
「Rodney.」
「はい」
「よく妹の悪口を言えるわね。昨日まで、Rodneyたちのことでみんなが困っているので、ジャニスは何かしなければならないと思って...でも、このことをあなたたちと話したいと言っても、聞いてくれなかったじゃない。心を痛めて先生に相談したのよ。みんなの前でRodneyたちが叱られるのは、可哀そうと思ったのよ。それなのに、Rodneyたちは...ジャニスがRodneyたちの言っていることを聞いて、どういう気持ちになったと思う。今、教室で、一人で、泣いてるのよ。」
「ええー。ジャニスが?」
Rodneyは教室に行き、ジャニスに謝ってきました。
でも、ジャニスは本当に大丈夫。RodneyとJimのことを全然怒っていませんでした。2人は、本当はいい人。まだ子供のように自分のしていることに夢中になって周りのことが忘れるだけと、言っていました。
* * *
相手にどう思われても、ためになることをする、それだけ。ジョーキャロルの時、ダディーが自分のためにしてくれたように。
高3の私
もう言ったように、私たちの勉強していた学校は、幼稚園から高3の小さい所。そのために私とジャニスは、一番年上、責任、奉仕の場が多く与えられた。この一年のイラストの多くの写真がモノクロなのも、これで説明できる:私は学校年鑑アルバムの編集長をお願いされていて、多くの写真は、こ年作成したものから取ったの。(小さな教会学校は、フルカラーでなく、経済的な白黒印刷をチョイスしたので。)
ジャニスが学生自治会の会長しただけじゃなく、後期は、私が書記・会計をしたの。そう、中学校のときは、無責任のため、学生会を失くした私が!他の音楽グループにも入っていた。マミーは、「そこは何も生えないよ」と言われても、岩・いばら・死んだ草などを捨てて、土を掘って、いつの間にか、庭をきれにしていた。
メチャクチャのジューンの心が神様の働きで明るくなるから、雑草ぼやぼやの庭も人間の手入れで花いっぱいになってもいいよね。
母が自分の精神的嵐のことを一番よく知っていた。ダウンするとき、いちばん先に話していたのが母だった。だから、多分その年、マミーが私を見て、「ジューン、やっと落ちついてきたね。」と、言ってくれたとき、すごく嬉しかった。