2026年8月31日月曜日

おどうさんの話と同じ

それに、ほとんどの人が宣教地に出ていくのは若い人と思いますが、自分が覚えていたのは「永田おじい」でした。デピュテーションの時に話しましたが、おじいちゃんは退職後であったにも関わらず、沖縄の教会の青年が離島伝道を計画した時、一緒に行くと言ってしまったのです。


おじいちゃんは方言で証ができた

ところが島では、一握りの年配の人たちが集まって、彼らは島の方言しか分からなかった。それが沖縄本島の年配の人が分かる方言に通訳された。長田おじいちゃんは、これが理解できた。伝道チームの若者は体が丈夫でトラクト配布ができても、肝心なコミュニケーションは、長田おじいちゃんに頼るしかなかったのだった。 

年配の人は6人ぐらい集まっていた。通訳を通して分かって来たことは、こういうことだった:自分たちが子供の頃、オドウというクリスチャンが島にいた。他の大人は救いの話を聞こうとしなかったので、オドウさんは、お菓子屋を開いて子供を集めることにした。子供たちに讃美歌を教えたり、聖書の話をしたみたい。親には禁じられたけれど、それでも子供たちは時々聞きに行っていたそうだ。だけど、誰も救いの決心をしないまま、オドウさんは死んだのです。彼の努力は見える所、何の結果も無い、無駄なものでした。 

心に福音の種が蒔かれた子供たちは、大人になっても、忘れられない、もっと知りたいと思うようになった。6人が毎週集まって讃美歌を歌って、神様がオドウさんの話を教えてくれる誰かを送ってくれるよう祈り、あの「子供たち」は80~90代のおじいさん・おばあさんになるまで続いた。長田おじいさんの口からでた「福音」...これは、オドウさんが教えていたことと同じじゃないかと、心の準備が、されていた。 

「こういうわけで、『ひとりが種をまき、ほかの者が刈り取る。』ということわざは、ほんとうなのです。

 わたしは、あなたがたに自分で労苦しなかったものを刈り取らせるために、あなた方を遣わせました。ほかの人々が労苦して、あなたがたはその労苦の実を得ているのです。」(ヨハネ4:37,38) 

道の安全は主からのものでした。「もう少しで危ない所だった」という経験は今5つ思いだします。到着する5分前に車の下に穴が開いたり、高速道路を下りたすぐ後パンクしたり、雪でスキッドした時前の車にぶつからず道端のサインポストに止められたり、 

曲がりくねった田舎道が急に交差点に出てジョイスがハンドルをいっぱい回したためにキューッつとものスゴイ音がし、見たら2台後ろからパスしようとした車が急ブレーキし、グルグル回っているのを見て一瞬間、何が起こったのか、分からなかったり 

デピュテーション中の「事件」は指をドアに挟まれた時だけです!

おどうさんの話と同じ

それに、ほとんどの人が宣教地に出ていくのは若い人と思いますが、自分が覚えていたのは「永田おじい」でした。デピュテーションの時に話しましたが、おじいちゃんは退職後であったにも関わらず、沖縄の教会の青年が離島伝道を計画した時、 一緒に行くと言ってしまったのです。 おじいちゃんは方言で...