妹の卒業までは、なんとかなるけれど、その後の資料は、何がどうなっているか、順序がわからない。父・母のファーロ集会、私たちのデピュテーションミーティング、私のボブジョーンズ勉強が、全部ごっちゃ混ぜ。もうきれいに分けようとするのは、あきらめた!そんなの、どうでもいいよ。。。ね?とくに、自分のボブジョーンズ訓練は、宣教師になるための準備だったはずだから。本の「そのまえに」みたいなものじゃない?
大城家の「デピュテーション作戦」は、こういうものでした:最初の1年は、父母がファーロ中でアメリカにいるので、同じアパートに住み、父母が家賃を払ってくれる。(それで、デピュテーションの始めが月に$10だけのサポートても、全然困りませんでした。)
1年目:ファーロ・デピュテーション 2年目:3人でデピュテーション 開始
私のボブジョーンズ卒業式の日にシュルツ家の玄関にピンポーン。おじさんとおばさんが私の親代わりになってシカゴから来てくれました!(ジョイス、このように用いられて、ありがとう。彼女が悪い証になっていたら、こういう結果には、ゼッタイなっていなかったでしょう。)
2年目から3人いるから家賃は3人で割って安くなるけれど、3人デピュテーションを済ませるのは、時間がかかる。デピュテーション・チームを組むのは、ジョイスと私が一番よく合うので、ジャニスを先に送る。ジョイスのサポートを次に集める(私より1年前から始めたので少しは既にあるはず。)(車を運転しない私の必要サポート額が一番低い、集め安い、最後に始めても、問題ないはずということでした。
3年目:ジャニスを先に送る
実際、教会も助かったと思います。3人の宣教師を見て、沖縄伝道の為に重荷を持たされても、誰をサポートすべきか分からなかったら、困ったと思います。私たちの方から「~にサポートを送ってもらえませんか」とお願いした方が、協力したい教会も動き安くなったのではないかと思います。