2026年8月29日土曜日

母の祈り

集会の前にひどい頭痛を感じることがいっぱいありました。3人同じぐらい経験したと思います。いま考えてみると、サタンの反対だとしか思えません。というと、祈って「頭痛のまま」教会に出かけ、プログラムに入ったとたん、痛みが止まったからです。(面白いことに、席に戻った時頭痛が帰って来たことがありました!)具合が悪くて集会に出られなかったのは、2回だけでした。それでも、3人いたので、すくなくて一人行ったので集会は続きました。 

ある教会で集会が3つありました。最初の晩、ジョイスは高熱を出し、私は家に残ってジャニスが一人で集会に行きました。シンプルな婦人の集まりだったので、一人で十分だったと思います。ちょうど泊まっていた人の友人が医者だったので、電話し、ジョイスのことを相談し、薬を送ってもらいました(構成物質?) 

頭痛・高熱・骨折もあった! 

次の日まで熱はある程度さがったのでジョイスを一人家に残し、ジャニスと私が教会に行きました。3番目の集会は、ジョイスも来ることができました。この教会は、母が独身の時(75年以上前)サポートし始めた教会です。私が結婚すると発表してアメリカに帰ったとき、この教会の女性たちはシャワーを準備してくれました! 

もう一つの教会では病気でなく、面白い事件が起こりました。準備が終わり、集会の前に少し休もうと女子トイレに行きました。アメリカの部屋は大きくてドアもかなり重いものです。ちょうつがいに圧力を使って開かれたドアを閉めるポンプ見たいな物がついています。とにかく、お手洗いから出て来る時、急に動けなくなりました。 

私は左手の指一本がちょうつがいに挟まっていたのです!後ろに歩き、右手でドアを少し開けました。指は、電気が通っているようにビリビリ感じました(痛みとは違う感じ。)冷たい水を流し、指を流れの下に持つように言われたので、そうしました。すぐ隣に立っているジョイスの声が遠くなりはじめたので、「ジョイス、声、聞こえない!」と叫んだのを、覚えています。 

あとで説明してもらいました。骨折の場合、からだ全体の血が痛んだ場所を守るため、一斉にそこに流れて自然なクッションを作り、骨を保護する。結果は体中が浮くような気持ち。なるほど。教会の副牧師の奥さんは、看護士だったので、隣の部屋で手当をすることになったけど、私は歩きながら、足が地面に着いているのが感じられなくなり、一瞬意識を失うところでした。 

隣の部屋で少し休み、指を氷のうで包み、集会に出ました。最初の会衆賛美が終ったところだったので、私たちは、すぐプログラムに入り、何もミスしませんでした。勿論、ジョイスと一緒のピアノ・デュエットは少しの間休むことになりましたが、三味線は、工夫して他の指を使い、弾くことができました。レントゲンで骨折が確認された後、ギプスをはめたのですけれど、それでも三味線は弾き続けました。 

前にも演奏したことがある「母の祈り」だったのです。

 

救い受きたる  くぬわみや

親ぬ真心    悟とやびたん

くぬ心ゆ歌に  書きらわ聞きみそうり

うまんちゅうよ 聞きみそうり

 

母は私たちの為に祈ったのかな 

私たちは婦人会のグループに何回も話したので、この歌も歌い、母のための感謝、また沖縄のクリスチャン母親のことを話しました。 

日本人の宣教師が来るということを聞いて教会にくる日本人もいました。沖縄からくる人は、方言の歌を聞き、涙を流していました。ジョイスはこのような人を2人救いに導くことができました。今はどうしているかな...私たちの地上での労苦の結果は天国に着くまで完全に分からないでしょう。 

子供のときに母に話したことを覚えています。 

「私、宣教師になってもいいけど、マミーは、私たちが宣教師になって沖縄に帰って来ることを祈ってるんでしょ?」

「マミーは娘3人が神様の導きに従うことを願ってるのよ。」

「でも、気持ちとしては、帰って来て欲しいんでしょう。そう祈っているんじゃない?」 

「さあ、どうでしょう。神様が帰ってきて欲しいと言うなら、帰って来て欲しい。別な所に行きなさいと言うなら、来て欲しくない。」 

3人が沖縄に帰るように導かれるまで、そう祈っていたことは言ってくれませんでした。 

3人別々に、違う方法で沖縄宣教の召しを受けたのです。私の高3年のことはすでに話しています。ジャニスは、大学2年の後、沖縄のMAP伝道をして、帰って来るべきだということがはっきりわかりました。ジョイスは大学を卒業しても召しがはっきりしていませんでした。ジョイスの性格に意外な頑固なところがあります。 

時々若い人は、親の足跡あとについていくだけでなく、自分の行く道を決めたいと思う人がいます。ジョイスはこれも間違っていると言っていました。結局は、親の反対の方向を選び、実際は親に影響されているのだと。神の導きを確認し、その道を歩みたい、親がそれを賛成しても反対しても、関係なく正しい道を見つけ歩みたいと、言っていました。大学卒業後、沖縄のマラナサ・バプテスト・アカデミー(ジャニスと私が高校を卒業した所)で2年間教師をしながら、自分で宣教の召しを確認し、沖縄に帰って来ることを決心しました。母が天に召される前、3人沖縄に戻って来ることになっていたことは感謝です。 

でも、宣教師になって、宣教地で必要なものは、いま、デピュテーションで十分身につけた方がいいと、ダディーが言っていました。

母の祈り

集会の前にひどい頭痛を感じることがいっぱいありました。3人同じぐらい経験したと思います。いま考えてみると、サタンの反対だとしか思えません。というと、祈って「頭痛のまま」教会に出かけ、プログラムに入ったとたん、痛みが止まったからです。(面白いことに、席に戻った時頭痛が帰って来たこと...