その年は色々ありました。
後期は、ドラマ授業でシェークスピアの研究をしたとき、私は有名なハムレットの 独り言(Hamlet's Soliloquy)をすることになっていました。
わたしの欲求不満・混乱は、自己哀れみと絶望に変わることがありました。とてもダウンしているとき、自殺を考えるのは多かったです。特に、そのとき飲んでいた薬はバルビルツ酸塩のもので(睡眠剤の材料)それを飲み過ぎて死ぬ人もいたのです。その日の薬を飲んだことを「忘れて」倍飲んでしまったら、死ぬ可能性があったので、飲んだかどうかお覚えていないときは、次の日まで待つようにと言われていました。
ハムレット独白(生きるか死ぬかについて)発表の2週前、私はとても暗雲におそわれ、死ぬことを考えました。薬で簡単にできる。でも、自分自身が満足するために、「正しく死にたい」と思いました。ドラマ授業のすぐ前に薬を飲んだらハムレット独白が終わってすぐ死ねると思っていたのです。(考え方が、こんなにメチャクチャになっていました。)
でも、人間に見えなくても、神には私の一つの思いがはっきり見えました。そして、私のしようとすることを止めてくれたのです。
ドラマ授業発表の一週間前、家庭礼拝の時、母にハワイから電話が来ました。
「ええ?!デビーが?!...何のために。...その前の日の様子は、何もおかしくなかったの。...そして、あや子は(おばさんの名前)。あや子は、どう。...そうでしょうね。そうでしょうね。」母は涙を流して話せなくなっています。
ジョイスとジャニスは、どうか分かりませんけれど、私にはわかりました。ハワイでどんな悲劇が起こったか。デビーが自殺してしまったのです。母が電話で話しているのを聞いて、何度も何度も思いました。来週だったら、デビーじゃなくて、私だった。亡くなったのは、デビーじゃなくて、私だったかもしれない。私の目からも涙が出ました。デビーといちばん親しかったから泣いているのだと、家族に思われました。
母は電話を切ったとき、涙をふいて家族のいるところに来ました。「今晩のファミリーデボーションのトピックを変えます。」と言いました。
デビーのことを説明してくれました。家での状態が段々わるくなって、デビーは家族を助けようと思い、自分の命を断ったと。その様な手紙を残して、首をつったと。デビーの体を見つけたのは、お母さん。デビーの死のために家族の状態がよくなるところか、かえって、ひどくなりました。一人一人自分のせいだと思い、相手の言葉にすぐ気ずつくようになり、家は息苦しい所になりました。おじさんは、デビーの物を全部捨てて(私に手紙一通書いてあったそうです!)、部屋の家具、カーテン、カーテンを掛ける棒、ドアノブ、カーペットを全部変えたそうです。
でも、もちろん、デビーのことは、忘れられません。おじさんは、とうとう家を出て、おばさんと離婚してしまいました。デビーが妨げようと思っていた状態が、死ぬことによって、早められてしまったのです。
母はわたしたち3にんに向かって言いました。命というのは神から受けるものであり、クリスチャンは神に買い戻された者、命は自分のものではなく、神のもの。生きるか死ぬかという選択は、クリスチャンに与えられていないと。
その晩、私たちは、あや子おばさんと残された家族のために祈りました。私の涙はデビーのためより自分のためで、私の祈りも、自分のためのものでした。口には出しませんでしたけれど、神様にこう祈りました。
一羽のすずめさえ...
「私の死ぬことを止めてくれて、神様、どうもありがとう。でも、神様、私がこれをわかるために、デビーがしななければならないとは。」
人間は一人一人自分の命の責任をとらなければならないことは今は分かっています。でも、その晩は、私もデビーの死でとても責められたのです。