でも、心の葛藤を誰にも見せたくありませんでした。自分のちからに頼ることができる強い人間でいたかったのです(主に頼ることは、とっくに忘れていました。)中3に入ってから、自分のちからでやっていけないことが、やっと分かってきました。痛い、長い経験を通して。
学校のアルバムより
私の飲み始めた薬は、私をとても眠く感じさせました。体も頭も重くなって、やる気がほとんど全部なくなりました。学校が終わって、家に帰ったら、本を机の上に置いて、ベッドの方へ歩いています。
「だめだめ。家事も宿題も何もやっていない。寝ちゃだめ。」と言って、ドアの方を歩きました。
「でも、疲れた。少し休んでから。」と言って、またベッドの方へ向かっています。
「少しだけと言っても、起きるつもり、ないんでしょう。仕事済ませてからにしなさい。」と、またドアの方を歩きました。
「これは、ちょっとだけでもいいから、よこにならないと。」と、ベッドと向いています。
「ダメ。早く台所に行きなさい。食事の支度。」ぐるっと回って部屋を出ました。
私が部屋をぐるぐる歩きまわっているのを見られたら、気が狂ったと思われたかもしれません。実際、狂いそうに感じました。
でも、部屋から出られても、戦いは終わっていません。する仕事がすぐ与えられたら別だけど、少しでも待たされていたら、もうだめ。私は椅子に座って起き上がることができなくなってしまったのです。食事が終わって、私はテレビの前に座っています。
「ジューン、食器洗いは。」
「はい。」でも、動けません。テレビに何が映っているか、さっぱり分からないんだけど、とにかく、そこに座って動けないのです。
「ジューン、食器洗い。」
「うん。」でも、動けません。数分したら、ダディーの声が聞こえます。
「ジョイス、ジャニス、食器洗いして下さい。」
宿題もほとんどしませんでした。クラス参加97%をとっていても、宿題を提出しなかったため、それが70%に落ちたりしました。
「ジューンは別な人になっていますよ。」と一人の先生は母に言いました。「去年まで、何か問題があって、私が教室を出なければならないことがあったら、ジューンに任せて行くことができたのですけれど、いまのジューンには、そのようなことは、とてもできません。」
学校の先生たちは、私の健康の問題のことを聞いていました。「そのことを考えてジューンの成績を調節しましょうか。」と一人の教師が聞きました。「今の成績はひどくて。ジューンがかわいそうです。」
母は少し考えて答えました。「いいえ、そのままの成績にしておいてして下さい。ジューンは一生この問題を抱えることになるし、人間はいつもジューンのことをあまく考えてくれる訳ではないから。」と。
そのときの通知表は、実にひどいものでした。最初は、あまり気にしていないように見せかけようとしましたけれど、車の中でその成績を見て、涙がとうとう出てきました。何も言わないで、涙をポロポロ流すだけでした。前に座っていた父も母も心をとても痛めていたと思います。
ある日、私の中国人の友だちと話している時、彼女はこう言いました。「ジューン、今年、変わってるわね。去年まで何をしても一生懸命やっていたけれど...」
「けれど?」
「今年は、いつも、とても眠そう。」
彼女の言葉に心をグサッと刺されたように感じました。私の生活がメチャクチャになっているのは、家族が知っていたということは分かっていたけれど、学校でも、そんなにはっきり現れているなんて。
神様、たすけて。
自分で自分の気持ちがわからないこの私をあわれんで、神は特別な励ましを送ってくれました。