2026年7月10日金曜日

ボール拾いだけで転んでしまった

中2年の後期、私たちの教会で特伝があり、毎晩おそく帰って来たのを覚えています。こんなに疲れているのに、どうして毎晩出席しなければならないのだろうと、考えました。

少しづつ腹が立って、周りの状態に対しても、また神様ご自身に対しても、犯行を感じるようになりました。

神様は、その夏まで待って、「もう我慢できない。やめなさい。」と言いました。

毎年の夏、一週間は家族の休みの週としていたのです。自転車、ゲートボール、ビーチ、ミニチュアゴルフ、テニス、レストラン、バスケットボール、バレーボール、バドミントン...米兵の療養センターで色々揃っていました。そこのアパートに泊まって、朝早く父にテニスを教わったのです。母と姉妹と部屋のベッドで本を数冊読むことができました。

米軍休養施設。この写真、誰に撮ってもらったんだろう?

ある早朝、父に起こされ、テニスに行きました。前の晩は、睡眠があまりとれていなかったので、あたまはまだボーっとしていました。(沖縄の夏は午前7時以後厚過ぎるので、テニスはできません。)でも、父に色々教えられて、うまくできました。が、ゲームと全然関係ない時、ボールを拾いに行って、気が付いたら地面が顔にグッと上がって来ているのです。

「私、やはり、とても疲れてるから...」

「いや、それだけじゃない。何かおかしい。これは、ちゃんと調べた方がいい。」父は私の動作を医者に説明し、私は検査を受けました。

「私、病気なのかな。死ぬのかな。」とも考えたことを覚えています。

両親と一緒に部屋に呼ばれました。

「ジューンは軽い病気があります。」と医者が話し始めました。

「な~んだ。重い病気じゃないんだ。」と半分がっかりしたのも覚えています!

「多くの人は、この病気をもって、普通の生活をしています。博士号をもらった人もいます。ですから、何も心配しなくてもいいです。」

「だから、何なの?」と私は思いました。

「病名はPetit Malと言いますけれど、神経のもので、一瞬間 意識を失うものです。だから、転んだり、物を落としたり、自分が何を言っていたのかが分からなくなったりすることがあります。薬でコントロールすることができるので安心して下さい。要するに、てんかんの一種ですね。」

「てんかん。親に心配して、可愛がってもらうような重い病気でなく、屈辱的な軽い状態。悲惨だ。」と思いました。

他の多くの人のように体の不自由は何もないということを主に感謝したことがあったのです。いま、私は」その「他の多くの人の一人になってしまった。と自分で思い込みました。

ボール拾いだけで転んでしまった

中2年の後期、私たちの教会で特伝があり、毎晩おそく帰って来たのを覚えています。こんなに疲れているのに、どうして毎晩出席しなければならないのだろうと、考えました。 少しづつ腹が立って、周りの状態に対しても、また神様ご自身に対しても、犯行を感じるようになりました。 神様は、その夏まで...