この様に、アメリカに帰りました。沖縄に帰るときは、同じ団体なのか、違う団体に入っているのか、沖縄に帰れるのかどうか、わかりませんでした。主の守り・導きを求めるだけでした。
ジューン・ジョイス・ジャニス
父と母は、精神的にとてもしっかりしている人だと思いますけれど、その時は、眠れない、食べれないほど、心の戦いを苦しく感じていたのを覚えています。(私も、その気持ち、少しは分かって来たと思う。)私たち3人は、話し合いました。
「ダディーとマミーは、いまの問題で大変だから、私たちは、自分の問題を自分達で解決し、ダディーとマミーをこれ以上悩まさないことにしよう」と。
でも、私は、その約束を守ることができませんでした。
そのあとの役2年のことを考えると恐ろしくなることもあります。少しだけ触れることにしましょう。と言っても、むずかしい...どのように話すべきか...
「ジューン」という人は、ジーパンとTシャツの、全く別な人間に変わっていました。自分のためにすることーー風呂に入ったり、顔を洗ったり、歯を磨いたり、ベッドを直したり...が段々できなくなってしまいました。生きる気力・動機を失ったと言ってもいいでしょう。
風呂に入って2時間しても、出ないので、家族(特に母)を心配させたり、眠りから起こさせたとき、自分で何をしているのがが気がつかないうち、手のうらで姉を殴って泣かせたり、ラジオの前に座ってロックの音楽の一人だけの世界をつくったり、混乱を怒りをあらわすため、地下室の壁をたたいたり、悲観的な考え言葉で楽しみを崩したり、麻薬を使う人と仲良くしたり...
まだ暗い...
他のこともあったのですけれど、けれど、私の心の中のどこかに神様に対しての愛もあり、、主に従いたいというい気持ちもあり、家族はこの私を愛してくれました。(私が彼らの立場におかれていたら...と考えることはありました。)
でも、私のこの「二重人格」を見て、姉妹に言われたことがあります。「医者に行ってみたら。」自分も同じことを考える程混乱していました。
もちろん、こういうことを親からかくすことは、できません。