宣教師に聞くと、外国の習慣・言葉等は、普通、親より子供の方が早く取得するみたいです。現地の友達と自由に遊ぶ子供に対して、大人は、宣教師学校で苦労して勉強した言葉をやっと話すのですが、私たちの場合、とても違っていました。マミーとダディーは、ハワイとカナダでも日本語学校で勉強していたので、きれいな日本語で話していました。
言葉でなく、習慣・ライフスタイルの助けになるようにと、与えられたのが、近くに住んでいた知念さん。実を言うと、マクリーディーというベテラン宣教師家族のお手伝いさんをしていたのですが、健康の問題で先生たちがアメリカに帰らなきゃならないことになった時、知念さんが大城家に来ることになったのです。宣教師の動きに慣れていた知念さんは、凄い宝でした。ある午後、村の伝道を終えて、これから夕方の集会に出かけなければならないと考えながら帰宅した母は、びっくりさせられました。その晩着ようと思っていた服がアイロンされて、部屋に揃えてあったそうです。知念さんには何も言っていなかったのに。こういうことがよくあったみたいです。マクリーディー先生たちは大変な問題に会いましたが、私たちは大きな祝福を受けることになりました!
知念さんが沖縄で第二次世界戦争が終わる頃、捕まったら拷問されると聞かされていたので、親戚・知り合いと一緒に捕虜にされた時、兵隊の見ていない時に逃げたそうです。弱った体では、あまり遠く行くことはできず、また捕まってしまったけれど、やはり、大変な目に合うのが怖くて、すきを見て、なんとか逃げだしたみたい。すぐ捕まって、今度は、厳しく言われたみたい、落ち着いてください、じゃないと縛りますよと。よく見ると、先に捕まった自分の家族や友達は、ちゃんとした服を着て、いいものを食べさせられていた。え、ごうもんじゃないの?にげるんじゃなかった!と気が付いたと、知念さんは言いました。大変な問題と思うものでも神様なら祝福に結びつけられる。最悪な状態に捕まってしまったと見えても神様は私たちを幸せの捕虜にしてくれる。大事なことは神様の守りの下にいることなのねと、知念さんは教えてくれた。