2026年6月20日土曜日

当蔵の教会と十字架の意味

あの当蔵の教会に来ていた人の「3種類」を覚えている:

十字架の意味が全く知らなかった人:当蔵の教会の前の道を通って大学に通っていた具志堅さんは、あの古い木造の家の戸に面白い看板と印が立っているのに気が付きました。「首里福音教会?」なんだろう。何かの新しい宗教?

とにかく白い十字架に向かって、手を合わせて、頭を下げた。これでいいだろう。具志堅さんは学校授業へ向かった。毎日そこを通るとき彼女は同じことをした。

ある日、中まで入っていくことにして、十字架の意味を知り、自分のものにした。

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十字架の意味を知っていたし、友達を連れてきた人:又吉さんは、忠実に教会に来ていた信者で、近くで勤めていた。おとなしい同僚が離島から来た。

又吉さんがキリスト教の話をしてみたら全然抵抗がなくて、教会にさそってみたら来てくれて、スグ青年会の暖かい雰囲気を好んでくれて、いつの間にか、イエス様を信じて、バプテスマクラスに入っていた!

又吉さんが知らなかったのは、この同僚は、子供のときに結核の信者から旧約聖書の物語をいっぱい聞かされていて、真の神様を心から信じていたのだった。当蔵の教会に来たときにイエスさまを救い主としただけだった。

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十字架の意味をMeaning of the Crossとして知っていた:琉球大学で英語を教えていたクリスチャン教師、James Ney博士が当蔵の教会に来た。ネイ先生の証をダディーが日本語に通訳した。その日の当蔵宅で見たことを、母教会に書いた手紙が他のアメリカの教会に出回った結果、私たち家族にその12月、クリスマスプレゼントの小包が届き、さらに宣教団体に援助金が送られて、私たちが当蔵の、木造の家から・・・

大謝名という所の、冷房つき、ベッドに寝れる、水洗便所、モダンな台所とリビングダイニングがある、コンクリートの家に引っ越すことができた。聞くところによると、あの木造の家は、私たちが引っ越した翌日倒されて、もうない。あの時代から残ったのは、当蔵のストーブがシロアリはいない壁にうつしてくれた暖かい模様だった。

日本人じゃないよね、ハーフ?ちがう・・・

自分が新婚時代で東京都の多摩市に住んでいたとき、沖縄から日本本土に来た父は、電車に乗って、新宿の人込みのことを虫のようだと言った。 私たちが福島県の郡山市に住むことになったとき、子供のマンモス小学校の登校はんが毎朝門に来る姿を父に見せたかった。まさに虫がうじうじ・・・だけど、覚え...